2016/11/090 Shares

子育ては「自分への鏡」?

対応が難しくなってくる年頃

「小っちゃい頃は何でもハイハイ言ってて可愛かったな~」という愚痴はよく耳にする話です。うちの子も小学生になって、どんどんお兄ちゃんになってくるにつれ、やはり親への反抗心も芽生えてくるものです。そらしょうがないことだと思うのです。が、イザとなるとやっぱりムカっとしてしまうもの。何気ないちょっとした注意、例えば「そこの机の上、ちょっと散らかっているから片付けて」と言っただけ(別に口調もそのままで語気を荒めて言っているわけでもなく)なのに、イキナリ「フンッ」って言って怒り出す。片付け自体はシブシブやるけれどあからさまにドンドン音を立ててやらされている感が満載。これに対して更に注意すると、その事にまた腹を立てる。しまいにゃ物に当たりはじめるのでこちらもガマンのリミットが切れてしまいます。そうなるともう大喧嘩。泣きまくり、何か主張したそうだけども何を言っているか分からない。こちらも衝動的に聞く耳もたない。ドンドン負の循環が始まります。

相談する相手に困る

家族会議(夫婦で)が始まります。もうどうしていいのか分からない。フラストレーション溜まりまくりの状態です。子どもが生まれていわゆる「赤ちゃん」であった頃には結構、育児のアドバイスを受ける機会はありました。周りの環境もそういった受け入れ環境が整備されていたのだと思います。難しくなってくるのはこのぐらいの時期なんでしょうかね?小学校に上がるとある程度本人の自我・自覚を尊重しなければなりません。性格もだいぶ幅が広がって対処ケースも様々になってくるのでしょう。そんな背景もあってなのか?以前ほど周りに相談する環境がないように感じ、また、我々も誰かに相談するよりかは自分らで解決していく時期なのかなと潜在的に思ってしまっているのかも知れません。いいところ、学校の先生ぐらいなんでしょうかね?でも、一概に学校の先生の言うことを丸呑みにするとも行かず、少ないとはいえ、学校の先生は複数人を見なきゃいけないから、全般で責任を置けないように感じてしまいます。

解決法は自分の中(なんだか結局マーフィーに通ずるのか?)

キャンキャン言って、修羅場状態の時にはもう何も考えられませんが、ちょっと落ち着いて考えると意外と答えは分かっている事もあります。子どもにとっては親の言い方に威圧感を感じ、たいした事ではないことも、あてつけ的に反抗してしまう。そんな傾向にあるようです。親も親で、考えないといけないのは自分が今、子どもに対して取っている行動は本当意正当なものか?実際、自分がやられるとどう思うのか、それを考える必要があるのだと思うのです。
子育てだけではありません。なんかどこかの恋愛ノウハウみたいなのにも書いてありそうですが、「自分のとっている行動・態度によって相手の感じ方は変わってくる。相手にとって自分の行動は鏡になっている」みたいな事ですよね。改めて自分が子どもだった時に親から受けた「叱り」は当時はやはり同じように「理不尽に怒られている」と感じていた記憶があります。そう考えると、取るべき行動って、なんだか見えてきます。とても今取っている行動が褒められたモノではないということは分かることでしょう。
要するに自分の行動・感じることに正直に生きよう。。。。アレ?なんだかどこかで聞いたようなフレーズだな?なるほど、先日読んでいたマーフィーの本でした。マーフィーさんやっぱすげぇ。
ちょっとだけ、心を改めて、子どもへの接し方を再考しなきゃいけないな。そんなお話でした。

本日の画像(初心へ戻る。イメージではなくMySon本人です。)
PIC_0022